「私には、生きがいなんてないのかもしれない」
そんな思いが、ふと心に浮かぶことはありませんか。
周りを見ると、夢を語る人、やりたいことに打ち込んでいる人、楽しそうに生きている人ばかりに見える。
その一方で、自分だけが空っぽな気がして、不安や焦りを感じてしまう。
でも、最初にお伝えしたい大切なことがあります。
生きがいが見つからないのは、あなたがダメだからではありません。
生きがいが見つからなくなる人の共通点
心理学の視点から見ると、生きがいが見つからない人には、ある共通点があります。
それは、「生きがいは探して見つけるもの」「人に説明できる立派なものでなければならない」と思ってしまっていることです。
「これが私の生きがいです」と胸を張って言えない自分はダメなのではないか。
役に立たないものや、成果につながらないものは意味がないのではないか。
そう考えれば考えるほど、心はどんどん固くなっていきます。
気づけば、生きがいを探しているはずなのに、“評価される正解”を探している状態になってしまうのです。
本来、生きがいは無理に探しに行くものではありません。
けれど、これまで「我慢」「努力」「正解」を大切にして生きてきた人ほど、
いつの間にか生きがいを「成果」や「誇れるもの」と結びつけてしまいます。
生きがいは、誰かに説明できなくてもいい。
評価されなくてもいい。
自分の心が、ほんの少し動くかどうか。
それだけで十分なのです。
生きがいが消えてしまう「心の状態」
もう一つ、とても大切な理由があります。
それは、心が長い間「生き延びること」を最優先にしてきた状態だった、ということです。
・ちゃんとしなきゃいけない
・迷惑をかけてはいけない
・我慢するのが大人
・好き嫌いを言うのはよくない
こうした「〜すべき」「〜してはいけない」を大切にしながら生きてきた人ほど、
心は次第にこう学習していきます。
「自分の気持ちは後回しにしたほうが安全だ」
「本音を出すと、否定されるかもしれない」
その結果、
・周囲に気を遣いすぎる
・空気を読むことが最優先になる
・自分が何を感じているのかわからなくなる
そんな状態が、いつの間にか当たり前になります。
このとき心は、「好き」「やりたい」「楽しい」を探していません。
ただ、怒られないように、嫌われないように、傷つかないように、
必死に安心を保とうとしているだけなのです。
だから、生きがいが見えなくなったとしても、
それは怠けているからでも、感受性が乏しいからでもありません。
あなたの心は、ずっと一生懸命、生きるために頑張ってきただけ。
それが、生きがいが見えなくなった理由なのです。
「私には何もない」と感じる正体
「私には、何もない」
この感覚は、とても苦しいものです。
けれど心理学的に見ると、この感覚はこう言い換えられます。
「自分の感覚を感じることを、長い間やめていただけ」
人は、安心できるときにしか、本当の欲求に気づけません。
だから今、生きがいが見つからないと感じているなら、
それは心がようやく回復しはじめたサインかもしれないのです。
今日からできる小さな回復のヒント
ここで、今日からできる小さなヒントを一つだけお伝えします。
「頑張って生きがいを考えない時間をつくる」ことです。
代わりに、こんな問いを、そっと自分に向けてみてください。
- 子どもの頃、理由もなく好きだったことは何だったかな
- 何も考えずにいるとき、つい目が向いてしまうものは?
- ホッと力が抜けたとき、自然と興味が湧く話題はある?
役に立つかどうか、生きがいと言えるかどうかは、今は考えなくていいのです。
生きがいは、新しく作るものではありません。
安心したときに、思い出すように現れるもの。
それは、ずっとあなたの中にあった感覚です。
まとめ|今、生きがいが見えなくても大丈夫
今、生きがいが見えなくても大丈夫です。
それは、あなたがダメだからでも、人生を間違えたからでもありません。
ただ、心が回復する途中にいるだけ。
安心が少しずつ戻ってきたとき、
あなたの中にあったものは、必ず静かに輪郭を持ちはじめます。
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